この人に聞く

VRによるAED救急救命訓練

見るより体験した方が学習効果が高い

公益財団法人日本AED財団によると、心臓が原因による突然死は年間約7.9万人に上る。その原因の多くが「心室細動」と呼ばれる重篤な不整脈だが、救急隊が到着する前に胸骨圧迫すれば救命率は約2倍、AEDを使うと約6倍に高まるとされる。しかし、AEDの設置場所はよくみかけるものの、訓練を受けていなければ、いざというときでも迅速に処置を行うことは難しい。そこで、株式会社ジャパンディスプレイが開発したのが、AED訓練をバーチャルで体験できる「VR AEDトレーニング」だ。開発担当者の田村圭氏に聞いた。

実際に訓練を受けて開発を進める

弊社ではもともと、VRによる教育コンテンツを展開していくという方針があって、どのジャンルのセグメントで開発を進めるかを検討していました。従来から、学習効果は「見るより体験する方が高い」とされています。リアルに体験できない場合でも、VRにより疑似体験することで実際の体験と近い効果が得られるはずです。例えば、工場作業における安全教育なら、VRによって、機械に手が挟まれるような危険な体験をさせ、その際のとっさの状況判断や行動を複数の選択肢から正解を選ばせるという内容にすることで学習効果を高めることができます。本当に自分の手が挟まれていると錯覚するぐらいの映像で表現することで、より身近に体感をしていただくことができます。

一方で、医療関係のビジネスを増やしていこうという流れもありました。われわれは、医療従事者向けの訓練も作っています。例えば看護教育では、入院患者と看護する側の両方の視点でVR体験をして、お互いにどんな気づきがあったかグループ・ディスカッションをするような使い方をしてもらっています。

実際に訓練を受けながらコンテンツを制作

教育コンテンツに出来るものとして、他にどのようなものがあるかを調べている中で、AEDが浮かび上がりました。

AEDは全国色んなところに設置され、救命救急の訓練を受けられる方も増えているようですが、一般の方は訓練自体あまり受けていないことが分かりました。そこで、まずは、時間や場所を選ばずに訓練ができるコンテンツを作ってみようということになりました。開発に当たっては、AEDの現状など、全国の設置台数の調査なども行いました。消防署やAEDのメーカーからも話を聞いて、AED訓練には一定の需要があるということが分かったのですが、対応しきれない現状も浮き彫りになってきました。

それまでは、正直言って我々もAEDのことをよく知っているわけではありませんでした。そこで、実際に訓練を見たり参加させていただきながら、自分が学んだ内容を訓練コンテンツの中に落とし込んでいく作業を重ねました。「AEDは説明書通りにやれば使える」と言われますが、多くの方は、置いてあることは知っていても、実際の使用現場を見たことがない状態ですよね。実際の訓練では、一通りの手順のビデオを見せられて、「じゃあビデオの通りやってください」と言われても、やはり体が動かない。理解はできても体が覚えていないんですね。自分で能動的に動きながら取り組むことで、その手順を頭の中できちんと整理して覚えることができるということを、我々も実感しました。

専門家からの指摘で改良を重ねる

VRのAED訓練は、手順自体を学習するモードと既存の胸骨圧迫用の器具とCGを組み合わせて現場を表現するモードがあるのですが、開発に当たっては、一連の動作をストーリーに乗せて体験させることが最も苦労した点です。シナリオ通りに疑似体験できる環境を作ればそれで出来上がりではなくて、実際の訓練とVRによる疑似体験をイコールにするということのハードルが高く、実際作ってみるとなかなかスムーズにいかない。動きのスムーズさはもちろんですが、細かな部分で、医療従事者の方から見るとおかしなポイントがたくさんあって、その指摘をもとに、監修をいただいている大学病院の先生方とディスカッションしながら直していく作業の繰り返しでした。その開発期間が長くて、一年ぐらいはかかってます。

専門家の先生方からはなかなかオーケーをもらえず、ゴールが見えない状況が続きましたが、まずは期間を切って製品化することにしました。まだ残った課題もあるのですが、これからもブラッシュアップを続けていきます。将来的にはきちんと医療訓練としても成り立つ要素も入れて内容を充実させていくことを目標にしています。また、最近では、女性に対して男性がAEDを使いにくいという課題も出てきていますので、こうした課題解決に向けて実装準備を進めています。女性の傷病者の場合の注意点だったり、どういった対処が必要かといったことが理解できるようにしていく予定です。

プロフィール

VR元年の2016年より、国産のオリジナルVRヘッドマウントディスプレイの設計開発を手掛ける。ハードウェアだけではなく実用的なソフトウェアの必要性を感じ、VRヘッドマウントディスプレイのパネルメーカーならではのハードウェア・ソフトウェアをワンストップで提供できるようなVRソリューションを立ち上げ、現在に至る。